今日から始まる。

自分のことを「人が好きになれない人間」だと思い、どうすればいいのか悩んでいたとき、アセクシャルを知ってホッとしました。
今はアロマンティックだと自認しています。
自分の気持ちを整理するため、考えたことを文字にしていけたらと思います。

スピード感あふれる放置。

こんばんは、リサと申します。


このまま更新していくと、ネタが早々に尽きて2月中に放置状態に陥るのではないかという不安が出てきました。
元々自分のこと喋るのが好きな性質なので、放っておくと趣味のこととか今日あったおもしろいこと喋りそうで危ない危ない。


違う人間。

さっきからこの記事書いては消してを繰り返してます。
うまく言えなくて。
見出しはそのまんま言いたいことなんですけど。


端的にいうと、身近な人が誰かと付き合って、当然キスやセックスをするだろうと思うと、その人がまるで自分とは違う人間に感じるということです。
この「違う人間」というのは、体の構造から違う、生物として違うと感じるという意味。


中学校のときからうっすらとこの感覚がありました。
ただ、中学校のときはまだそこまで具体的ではなくて、ちょっとひやかしとか憧れがあったような。
とりあえず「○○○ちゃんが隣クラスの○○○君と付き合ってるらしい」と聞いたとき、ちょっと信じられなかったんです。驚きもありました。
付き合うってだってあれでしょ、キスとかするんでしょ、ほんとにあの二人が?という感じ。


高校、大学になるにつれてその感覚はリアルになりました。
自分がそういう経験がないからだけかもしれませんが、「付き合っている二人」が「そういう関係」だとイマイチ信じられないんです。
それが両方知っている人間だと特に。
つまり、私が知っているその人に、私の考えが及ばない部分があるということが、「違う人間」だと思わせるのかもしれません。


知識と現実がつながらない

アラサーですので、経験はないものの耳年増です。
もう代表的な耳年増と豪語して差し支えないくらいです。


けどそこはただの耳年増で、「本当のとこ」は知りません。
だからこそ、それを知ってる人間が違って見えるのかもしれませんが。
というか、これってもしかしてみんな経験する感覚でしょうか?
「違う人間」の感覚。
ただ、大体の人が自分も経験するのでここまで引きずらないってだけで。


私は自分が経験していないことで、より耳年増になっています。
知らないから、いろんな知識がとても面白く、つい探究しちゃうんです。
結果、「何でそんなことまで知ってるの」と言われてしまうという…救えない…


しかしこれって結構真理で、わからないから求めるんだと思います。
セックスしたことある人は、よほど探究心がない限りそれについて突き詰めないんじゃないでしょうか。
そもそも性欲も人それぞれなので、好きじゃないって人もいるでしょうし。


今日のまとめ。

私は度を越した耳年増。




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